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秋田地方裁判所 昭和56年(行ウ)4号 判決 1985年4月26日

原告

佐藤康雄

右訴訟代理人

柴田久雄

被告

大館市長畠山健治郎

右訴訟代理人

深井昭二

右訴訟復代理人

虻川高範

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主位的

(一) 被告が昭和五六年三月三一日になした大館市の「初任給、昇格、昇給等の基準に関する規則の一部を改正する規則」(規則第一二号)制定の処分は無効であることを確認する。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

2  予備的

(一) 被告は昭和五六年三月三一日に制定した大館市の「初任給、昇格、昇給等の基準に関する規則の一部を改正する規則」(規則第一二号)に基づいて大館市職員に給与を支払つてはならない。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前

主文同旨

2  本案

(一) 本件請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因(主位的、予備的各請求共通)

1  原告は昭和四七年三月七日以降大館市の住民であつたところ、同五九年六月一日行政区画の変更により原告の住所地が北秋田郡比内町に編入され、一旦は大館市の住民でなくなつたが、その後間もない同年九月一七日同市内肩書住所地に転入して再び同市の住民となつた。

2  被告は大館市長であつて、市の規則を制定・公布し、職員の昇格・昇給の発令をする権限を有している。

3  地方公共団体の職員に対する給与は法律またはこれに基づく条例によらないで支給することが禁じられており(地方自治法二〇四条の二、地方公務員法二五条一項)、また職員の職務と責任に応じたものでなければならないとされている(地方公務員法二四条一項)。

これらを受けて大館市では同市職員の給与に関する条例(以下「条例」という)三条三項において「職員の職務はその複雑困難及び責任の度に基づき、これを給料表に定める職務の等級に分類するものとし、その分類の基準となるべき標準的な職務の内容は規則で定める。」とし、初任給、昇格、昇給等の基準に関する規則(以下「規則」という)三条で等級別標準職務表を定め、職務の内容を具体的に表示している。そして同表は、一般に給料表の適用を受ける職員の職をその給料表の等級すなわち職務の内容と責任の度合に応じて分類したものであり、地方公務員法が定める職務給の原則を具体化したものである。

4  しかるに被告は右条例と規則を無視し、いわゆる「わたり」と称されているが、職務の内容及び職名を変えないで給料のみを一等級上位の等級に格付けし、昇格と同様な取扱いをして、当該職員に対し一等級上位の給料を支払つてきた。

5  そこで原告は、大館市の住民として昭和五五年三月一一日同市監査委員に対し、地方自治法二四二条の規定に基づいて被告のなしている職員に対する給料の支給はいわゆる「わたり」であつて地方公務員法二五条に違反した違法な公金支出であるから、これを是正せしめるために必要な措置を講ずるよう住民監査請求をした。

6  右請求を受理した大館市監査委員は、昭和五五年五月一〇日原告に対し、その請求を認め被告に次のような勧告をした旨通知した。すなわち、被告のなしている行政職給料表、医療職給料表(2)における二、三等級へのわたり運用及び医療職給料表(3)におけるわたり運用が、条例三条三項に基づく規則三条に違反する違法な公金の支出であるとして、被告に対し、今後このような違法な「わたり」運用を厳に慎み、同五六年三月三一日までに条例及び規則を遵守した適正な運用方法に改めるよう勧告した。

7  大館市監査委員から右勧告を受けた被告は、昭和五六年四月一四日同監査委員に対し、同年三月三一日付で規則の一部を改正する規則(以下「改正規則」という―なおこれとの関係上改正前の規則を「旧規則」ということがある。)を公布して是正を行つた旨通知し、原告は同年四月一五日同監査委員からその旨の通知を受けた。

8  しかしながら、被告が昭和五六年三月三一日になした改正規則制定処分は地方公務員法が定める職務給の原則を無視したものであつて、重大かつ明白な瑕疵があるから違法無効である。

すなわち、旧規則の等級別標準職務表においては職務給の原則に従い職務の等級とこれに対応する職務の内容(格付け)を、例えば一等級であれば課(室)長等、二等級であれば課(室)長補佐等、三等級であれば係長等というように具体的に厳格に規定していた。しかるに被告は改正規則によつて等級別標準職務表を改正し、例えば一等級に対応する職務として(1)課長又はこれに準ずる職務、(2)特に高度な知識又は経験を必要とする業務を所掌する職務、二等級として(1)課長補佐又はこれに準ずる職務、(2)特に困難な業務を分掌する係長又はこれに準ずる職務、三等級として(1)係長又はこれに準ずる職務、(2)困難な業務を分掌する主任又はこれに準ずる職務等というように抽象的な職務を追加して規定し、大館市監査委員の前記勧告に従わないばかりか、現在実施している違法な公金支出である「わたり」運用を合法的に継続するための措置をとつたのである。しかして被告の制定した改正規則は、例えば被告が課長に準ずる職務とさえ認定すれば、課長でない職員に一等級の給料を支給することが可能となり、また被告が特に困難な業務を分掌するものとさえ認定すれば、係長であつても二等級の給料を支給することが可能となるもので、被告の恣意によつて同市職員の職務の等級を決定することを許容するものであつて、明らかに地方公務員法二四条一項及びこれを受けた条例三条三項に違反する。

9  そして被告は大館市の職員に対し、昭和五六年四月一日以降改正規則に基づいて給与を支給し、現にこれを継続中であり、今後も右規則に基づいて給与を支給することが確実に予測される。しかも被告が同市職員に対して一旦給与を支給してしまうと、同市において、支給を受けた個々の職員に対して旧規制に基づく給与との差額金の返還を求めることは法律上可能であるにしても、事実上はその回収が殆んど不可能に近い。従つて被告の改正規則に基づく給与の支給は同市に回復困難な損害を生じるおそれがある。

10  よつて、原告は大館市監査委員の勧告を受けてなした被告の措置に不服があるので、主位的に、改正規則制定処分の無効確認を、予備的に、改正規則に基づいて同市職員に給与を支払つてはならないとの差止めをそれぞれ求める。

二  本案前の申立の理由

(主位的、予備的両請求について)

1  原告は大館市民でないから本件訴えの当事者適格がない。

2  原告は昭和五六年四月一五日大館市監査委員から被告において改正規則を制定・公布し、必要な措置を講じた旨の通知を受け、同年五月一四日に当裁判所に訴状を提出して本件訴えを提起した。ところで原告は右訴状において大館市職員の給与に関する規則改定の取消を求めていたが、これを口頭弁論期日で陳述しないままその後本件改正規則制定処分の無効確認の訴えを提起してこれに訴えを変更した。しかしながらそのときにはすでに地方自治法二四二条の二第二項二号に定められた三〇日以内という出訴期間を徒過していた。同様予備的に追加された差止めの訴えも出訴期間を徒過していた。

(主位的請求について)

3  住民訴訟の対象は地方自治法二四二条一項にいういわゆる財務会計上の違法な行為又は怠る事実に限られているところ、改正規則を制定する処分はこれに該当しない。

4  住民訴訟の対象となるのは監査請求にかかる違法な行為又は怠る事実に限られているところ、原告は本件訴訟において、大館市監査委員の勧告を受けた被告の措置に不服があるとしてその措置内容を請求の対象としているから地方自治法二四二条の二本文に違反している。

なお監査請求の対象と住民訴訟の対象とが完全に一致しなくても、両者の間に同一性、連続性が認められればそれで足りるとの見解もないではないが、その場合でも住民訴訟の対象が財務会計上の行為であることが前提であるから、前記のとおりその前提を欠く本件ではその理をとり得ないし、また右両者の間に同一性、連続性も認め難い。

5  改正規則制定処分は被告による立法行為であつて行政処分ではない。

もつとも、形式的には規則の制定であつても、それが抽象的、一般的でなく具体的な特定の内容をもつか、あるいはそれ自体は抽象的であるがその直接効果として個人の具体的な法律上の地位ないし権利関係に影響を与えるものであれば、実質的には特定の個人に対する関係で行政処分性を持つ場合があり得るが、その場合でもまず規則の制定自体は立法権者の内部行為であつて、その公布がなければ個人に対する影響が及ばないという意味で行政処分足り得ないし、また本件のように改正規則が職務分類の基準となるべき等級別標準職務表に定められた職務の内容の一部に形式的変更を加えたにすぎず、職員の法律上の地位ないし権利関係に対し直接の影響を及ぼすものではないから改正規則制定処分を行政処分というわけにはいかない。職員の法律上の地位ないし権利関係に影響が生じるのは、被告が改正規則に基づき、職員の職務を給料表の等級別に格付けする辞令を発令したときである。

(予備的請求について)

6  行政事件訴訟法一九条が関連請求の追加的併合を認めたのは、審理の重複、裁判の矛盾を避けるためであるから、基本となる主位的請求が本案審理をするための訴訟要件を具備している必要があるところ、前記のとおり主位的請求は訴訟要件を具備していないから、原告は予備的請求を併合して提起することができない。

仮に予備的請求を独立の訴えとして扱い得るとしても、前記のとおり出訴期間を徒過している。

7  改正規則に基づいて職員の職務が格付けされ、それによつて給与が違法に支給されたとしても、それに起因する損害は事後に訴訟によつて法律上回復することが可能であり、その額も同請求で填補され得る範囲内であるから、大館市に回復困難な損害が生じるおそれはない。

8  大館市役所事務決裁規程六条によれば、給与等の人件費の支出負担行為及び支出命令は職員課長の専決事項とされており、被告は人件費に関する支出命令権限を全部職員課長に委譲しているので被告適格を有しない。

9  改正規則三条の別表等級別標準職務表は、職務を給料表の等級に格付けする際の基準にすぎず、給与支払いの根拠規定ではないから、改正規則の制定と給与支払いとの間には前者に基づいて後者が行われるという関係はなく、従つて予備的請求では改正規則に基づいて市職員に給与を支払つてはならないと求めているけれども、その請求自体に論理的矛盾を内包している。

10  予備的請求で求めている差止めの対象たる行為が不明確極まりなく、仮にその請求が認められても、被告としては具体的な対応ができない。

三  本案前の申立の理由に対する認否と反論

1  本案前の申立の理由1は争う。

請求原因1記載のとおり原告は大館市の住民である。もつとも原告の住所地が昭和五九年六月一日付行政区画の変更によつて北秋田郡比内町に編入され、その意味で一時原告が同市の住民でなくなつたことはある。しかし地方自治法二四二条の二所定の住民訴訟の係属中に原告が当該普通地方公共団体の住民でなくなつても、死亡の場合と異なり再びその住民に復帰する余地は十分残されているから原告適格を失わないものと解すべきである。しかも本件においては原告の全く関知しない行政区画の変更によつて大館市の住民でなくなつたものであり、同条七項によれば原告が勝訴して弁護士に報酬を支払うべきときは、普通地方公共団体に対し相当額の支払いを請求できるのであるから、原告の意思と全く関係のない行政区画の変更によつて、かかる原告の権利を奪うのは相当でない。

2  同2のうち事実関係は概ね認めるが、その主張は争う。

出訴期間内に地方自治法二四二条の二第一項各号のいずれかの訴えを提起すれば、その後一旦係属した訴訟手続内で訴えの変更をしても出訴期間の要件を遵守したものと解すべきである。また行政事件訴訟法一九条が、相当長期間にわたることが予想される口頭弁論終結時まで関連請求を追加的に併合して提起することを許容していることからみて、追加的併合請求自体については出訴期間の遵守を要求せず、訴え提起時に出訴期間を遵守してさえおれば、原告に適法な追加的併合請求を許容した趣旨と解すべきである。本件においては出訴期間内に地方自治法二四二条の二第一項二号の請求を適法に提起したものであり、その後請求の基礎を同じくする主位的、予備的の各請求を追加したものであるから、いずれも出訴期間の要件を遵守したものである。

3  同3は争う。

改正規制定処分は確かに違法な公金支出行為そのものではないかもしれない。しかしながら改正規則は職務給の原則を定めた地方公務員法に違反した無効なものであり、これが制定・公布されると被告がこれに基づき違法な公金の支出を行い、あるいはそうすることが相当の確実性をもつて予測されるから、主位的請求は被告による違法な公金の支出に関して提起されたものであり、素より適法である。

4  同4は争う。

地方自治法二四二条の二は監査請求の対象と住民訴訟の対象との間に同一性を要求しているが、前者で対象とされなかつた行為や怠る事実を後者で新たに対象とすることを禁じているわけではない。住民訴訟が違法な財務会計上の行為等の矯正とそれによる損害の防止、その回復を図ることを制度の趣旨にしていることからみると、右両者の間に完全な一致までは必要でなく、同一性、連続性があれば足りるというべきである。本件では、共に「わたり」運用による大館市職員に対する給与の支給が違法な公金の支出にあたることを主張してその是正を求めているのであつて、ただ住民訴訟においては、住民側にとつて違法な公金の支出を特定し、その金額の立証をして被告らに対する損害賠償を請求することが困難であることに鑑み、被告が「わたり」運用の根拠にしている改正規則制定処分の無効確認を求めて、違法な公金の支出を直接的に防止しようとしたものにすぎず、右両者の間には、同一性、連続性が認められる。

5  同5は争う。

改正規則制定処分は、具体的事実に関する一回限りの公の意思表示ではないという意味において狭義の行政処分の範ちゅうに属さないかもしれないが、そもそも講学上立法行為と行政処分との区別は必ずしも明瞭ではないからこれを行政処分とみ得る余地がある。そのうえ本件では改正規則に基づき「わたり」が是認され、高度の蓋然性をもつて不特定の大館市職員に対して違法に増額した給与が支払われるかあるいはそのおそれがある。このような場合改正規則に基づいて違法な公金の支出がなされた後でなくても、規則そのものの無効確認を求めることによつて地方公共団体の損失を防止し得るから、これを認めることは直截的な解決方法である。仮にこれを認めないとすると、改正規則に基づく個々の違法な公金の支出は住民にとつて特定し難いのみならずその金額の立証も困難であり、かくては、事実上この種訴訟の門戸を閉ざすことになり、その制度目的を没却することになる。それ故違法な公金の支出によつて地方公共団体の被るべき損失を防止しようとする住民訴訟制度の趣旨、目的からみて、本件主位的請求も許されるべきである。

6  同6は争う。

7  同7は争う。

8  同8のうち所論の事務決裁規程の内容は認めるが、その主張は争う。

大館市においては、職員に対する給与等の支出の職務権限は被告にあり、ただ被告が職員課長に対し常時自らに代つて執行させているにすぎないから、被告に右支出権限がないことを前提とする主張は失当である。

9  同9は争う。

具体的辞令が改正規則の等級別標準職務表に準拠している以上、改正規則に基づいて給与が支払われる関係にあるといつて妨げない。

10  同10は争う。

改正規則が法令に反して無効である以上規則が改正されなかつたことになるから、旧規則は有効であり、被告はこれに従つて給与を支払うなどの対応措置をとり得る。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち原告が現在大館市の住民であることは否認し、その余の事実は認める。但し、住民票上原告が所論のとおり同市に転入したことになつていることは認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4は争う。

5  同5の事実は認める。

6  同6の事実は認める。

7  同7の事実は認める。

8  同8のうち事実部分は認め、その主張は争う。

9  同9は争う。

五  被告の本案についての主張

1  地方公務員法二四条一項は同法二三条が定める職階制を前提として、これを給与の面で貫こうとして職務職階給の原則を規定しているが、職階制そのものが種々の事情により実施されておらず、また大館市は職階制を定めるべき地方公共団体にも該当しないので、給与の面で職務職階給を完全な形で行い得ないことは同法自体これを容認するところである。また同法二四条二項の規定からみても同条一項の規定は訓示規定であることが明らかである。このように職務職階給の原則は法上完全な形で貫徹されているわけではなく、運用の面でもそのようにはされていないのであるから、改正規則のように、例えば課長に準じる職務を課長と同一等級に分類することは同法二四条一項及びこれを受けた条例三条三項に違反するものではない。改正規則は完全な形ではないものの、複雑多岐にわたる大館市職員の職務内容と責任の程度等を職名等をもつて画一的に定め分類することが実際上不可能であり、それでもなお敢えてそれを試みるとすれば却つて不都合な事態を招くことになつてしまう点を考慮に入れて、実態に即しつつ職務をその複雑困難及び責任の度合に基づいて分類したものであつて、何ら違法視されるべき点は存しない。

2  なお、そもそも旧規則三条には別表として等級別標準職務表のとおり職務を分類するとともに、これらの表に掲げられた職務とその複雑困難及び責任の度が同程度の職務はそれぞれの職務の等級に分類されるものとするとも定められており、改正規則では、別表の等級別標準職務表の中に右職旨を取り入れたにすぎず、規則の改正の前後を通じて実質的内容に変更はなかつたものである。

そして旧規則時代における昇格の運用の実態をみても、被告は職員の経験年数、職務に対する習熟度、その他からみて上位等級の職務とその複雑困難さ及び責任の度合とを同程度と認定して昇格させていたのであつて、自動的に上位等級に格付けしていたわけではなかつたのであるから、いわゆる「わたり」と称されるものではなく、右規則に則つて運用されていたのである。

3  このように旧規則当時の昇格の運用は「わたり」と目すべきものではないからこれを改める必要はないうえ、改正規則も旧規則の規定の仕方を改正したにすぎないから何ら違法なものではない。

第三  証拠関係<省略>

理由

第一本件訴えの適否について

一被告は、本案前の申立の理由1において原告が大館市の住民でないから当事者適格を欠く旨主張するので判断する。

原告の主位的請求及び予備的請求に係る本件訴えが地方自治法二四二条の二第一項一、二号による住民訴訟であることは、その主張に徴し明らかである。右住民訴訟は、当該普通地方公共団体の住民に限り訴えを提起できるのであり(同条一項本文)、原告が住民であることは訴え提起の要件であるとともに本案判決を得るための要件でもあるから、訴訟提起時に原告が当該普通地方公共団体の住民であつても、その後口頭弁論終結の時点までに住民の資格を失つた場合には、右訴訟は当事者適格を欠き、不適法として却下を免れない。

これを本件についてみるに、原告が昭和四七年三月七日以降引続き大館市の住民であつたこと、昭和五九年六月一日行政区画の変更により原告の住所地が秋田県北秋田郡比内町に編入され、原告が大館市の住民でなくなつたことは当事間に争いがなく、その後住民票上は、原告が同年九月一七日に同市に転入したとの記載になつていることは、被告の自認するところである。そして、<証拠>によれば、比内町に編入された元の住所地である大館市二井田字倉下一一番地には借家があり、原告は妻子と共に居住し、行政書士の仕事をしていたこと、前記行政区画の変更は、もともと大館市二井田字倉下地区が比内町扇田字押切地区に尖入する形状の土地であり、右二井田字倉下地区に居住し又は不動産を所有する者らから、従前より、生活上の利便等の理由で同地区を比内町に編入されたい旨大館市長等に対し陳情がなされていたことに基づくものであること、原告は現在の肩書住所である大館市幸町三番三九号には右編入以前から建物を所有し、将来行政書士の事務所として使用し、かつ家族と共に居住する意思を有していたこと、従前の住所地が比内町に編入された後、原告は本件訴訟を維持する目的もあつて、昭和五九年九月一七日に住民票上の住所を右建物所在地に移すとともに、行政書士の事務所も同所に移転し、単身で右建物に寝泊りしていること、以上の事実が認められる。

右事実によれば、原告は、その住所地の行政区画の変更により一旦は大館市の住民でなくなり、本件訴えの原告適格を失つたことが明らかであるが、その後大館市に転入して再び同市住民となり、本件口頭弁論終結の時点では同市の区域内に住所を有していたものと認められる。

一般に、住民訴訟提起後一旦住民の資格を失つた原告が口頭弁論終結の時点までに再び住民の資格を回復した場合に、訴訟要件の欠缺が常に補正されるものと解すべきか否かは問題があろう。しかし、本件においては、前示認定事実によれば、(一)原告が一旦住民としての資格を失つたのは、行政区画の変更によるものであつて、直接自己の意思に基づいて住所を移転した場合とは性質を異にすること(なお右各証拠によれば、原告自身も行政区画の変更については、これを希望していたか、あるいは少なくとも反対はしていなかつたもので、関係諸機関への陳情書にも署名押印していることが認められるが、行政区画の変更は住民の要望があつたから直ちにこれが実現するというものではないから、右事情があつたからといつても、これを特に重視することは相当でない。)、(二)原告が大館市の住民でなかつた期間は約三か月半という短期間にとどまること、(三)右期間の関係から、原告に対する市町村民税は継続して大館市から課されるべき結果となつたこと(地方税法三一八条)、(四)原告が大館市に再転入した動機が本件訴訟を維持する点にもあつたことは否定できないとしても、現在の住所は、単に一時的、便宜的なものではなく、将来も継続してそこを生活の本拠とすることが見込まれること等の事情が認められるのであり、これらの諸事情を考慮すれば、少なくとも本件においては、原告が一旦大館市の住民たる資格を失つたことにより生じた訴訟要件の欠缺は、原告が本件口頭弁論終結の時点までに住民たる資格を回復したことにより補正されたものと解するのが相当である。

従つて、原告は本件訴えの原告適格を有するものというべきである。

二主位的請求について

地方自治法二四二条の二第一項二号は違法な財務会計上の行為がなされた場合、これについて監査請求を経た住民が住民訴訟として取消や無効を請求し得る対象を行政処分に限定しているところ、同処分は行政庁の公権力の行使に関する行為で、個人の具体的な権利義務に変動をもたらす効果を有するものというと解される。ところで、本件の改正規則制定処分は、そもそも財務会計上の行為といい得るかも疑わしいのであるが、この点をさておくとしても、右にいう行政処分とはいえないと考えられる。一般に、規則は、地方公共団体の長が地方自治法一五条一項により定立するもので、条例とともに地方公共団体の自治法規であり、法規範としての性質を有するものであるところ、<証拠>によれば、改正規則は被告が条例三条三項を受けて制定し、昭和五六年三月三一日公布したものであることを認めることができ、これによれば改正規則も被告が地方自治法一五条一項に基づき制定したもので、法規範としての性質を有することを否定できないものと思われる。そして、このような法規範たる規則の制定行為は、一般的には、行政処分とはいい難いが、これがその直接の効果として特定人の権利義務や法的地位に具体的な影響を及ぼすときは、例外的に行政処分性を肯定できる余地がないではないとしても、本件改正規則は右各証拠によれば、旧規則三条で定められた別表第1ないし第5の各等級別標準職務表を改めたもので、同表は職務をその複雑困難及び責任の度合に応じて給料表に規定された職務の等級に分類するための基準を設定したものにすぎず、同表が制定されることによつて、直接個々の職員の権利義務や法的地位に具体的な影響を及ぼすことはなく、被告が条例四条二項に基づき、右基準に則つて、各職員の職務を給料表に規定された等級に格付けする決定行為をすることによつて初めて影響が生じるものであることが明らかであるから、結局改正規則の制定処分自体に行政処分性を認めることはできないといえよう。

よつて、主位的請求は不適法である。

三予備的請求について

地方自治法二四二条の二第六項により適用される行政事件訴訟法四三条によつて準用される同法一九条一項の追加的併合は、関連請求について別個の訴訟を提起することによつて生じ得る審理の重複を省き、判断の矛盾抵触を回避しようとの趣旨で認められたものであるから、本来の請求が不適法で却下を免れない場合には、関連請求について追加的併合を認める必要性がないから、併合は許されないというべきところ、前判示のとおり主位的請求は不適法で却下を免れないから、これに併合すべく追加的に提起された予備的請求は併合要件を欠き不適法というべきである。のみならず、仮にこれを独立の訴えとして取扱い得る余地があるとしても、<証拠>によれば、原告が、大館市監査委員の勧告を受けて被告のとつた措置にかかる同委員からの通知を受けたのが昭和五六年四月一五日であるという請求原因7の事実が認められ(当事者間に争いもない)、また本件訴訟記録によれば、本件訴状が同年五月一四日に当裁判所に提出されたこと、その後同五八年一月二一日に予備的請求申立書が当裁判所に提出され、同月二四日の第一一回口頭弁論期日において陳述されたことが明らかであつて、これらによれば予備的請求の提起は地方自治法二四二条の二第二項二号の三〇日以内という出訴期間を徒過してなされたことになるから、これまた不適法である。(付言すると、原告の予備的請求は、いわゆる「わたり運用」の差止めを求める趣旨とすると、その内容は不特定かつ不相当であり、また右運用の結果仮に違法に特定の職員に給与が支払われたとしても、大館市に対して回復しがたい損害を与えるとも認められない。大館市においてもし仮に違法な「わたり」運用が行なわれているとすると、住民訴訟としては特定の職員に対する当該昇格の発令行為そのものもしくはそれに基づいて支払われた給与の一部の返還を問題とするしかないであろう。)

以上のとおりであるから、予備的請求はいずれにせよ不適法であつて却下を免れない。

第二よつて本件請求はいずれも不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鈴木経夫 裁判官小松一雄 裁判官播磨俊和)

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